私の10代~看護師を目指して~

私の10代は地元の中学、高校に入り、いわゆる普通の学生生活を送っていました。特にとびぬけて成績が良かったわけでもなく、中の上から中の中といった平均的な人でした。人並みにクラブ活動をし放課後は友人たちと遊ぶのが日課でした。

そんな私が、看護師になろうと思ったきっかけは、高校1年から2年になるときにクラス分けがあり、文系、理系、文理のどれに進むかという選択をせまられた時でした。

私はどちらかというと数学や生化学など理系科目が得意だったのですが、その頃は将来の夢なんて何も思いついていなかったので、漠然とした理由で文理に進みました。

そこでは、将来医療系に進む人たちが数人いて、その中に友人がいたので自然と一緒に話すようになり、私も医者にはなれないけど、看護師にはなれるかなっと思い目指したのがはじまりです。

高校3年の時は、完全に理系クラスに入りその中で医療看護系のクラスを学校がもうけていたので、高校を卒業されて看護大学や看護専門学校に入学されている先輩と会える機会があり、さらに刺激を受けました。勉強は嫌いではなかったのですが、やはり受験勉強はしんどく友人たちと励まし合いながら乗り越えました。

私の場合は結果的に担任の先生が指定校推薦をすすめてくれたので、試験は小論文と面接で合格をもらえました。看護専門学校に入ってからは、こんなに大変なんだとおもいしらされました。もう二度ともどりたくないぐらいです(笑)。

厳しい学校でしたが、国家試験合格率は100%でしたので、全員が合格したあかつきには学生生活3年間耐えて良かったと思いましたね。

看護師として働き始めて

卒業後、総合病院で働き、内科の混合病棟からはじまり、形成外科、胸部外科、ICU、整形外科、そして循環器内科、ERなど様々な病棟で経験を積みました。

社会人になってから新人時代の苦労は、だれもが通る道であり1年が限界で辞める同期もいましたが、私は最低3年は頑張ろうと思っていました。なぜかというと、学校卒業時に、お世話になった担任の先生に「看護師は3年たってやっと一人前だからね。頑張りなさい。」と言われたことがずっと胸の中にあったからです。

辛くてやめることを否定するつもりはありあせんが、どんな困難な状況であっても、自分の考え方次第だと思います。失敗は許されない現場ですから、プレッシャーを感じることも多い職業です。

しかし、一人で戦っているわけではなく、先輩や同期など周囲の人々に助けられて成長できるものだと思います。私はラッキーなことに、良いチームに恵まれていたので、たくさん叱られ、励まされて、今の私があるのだととても感謝しています。

海外ナースとして働くために

結婚を機に、主人の仕事の都合で渡米することになり、病院を退職しました。渡米後は、いきなりの海外での新婚生活で、なにもかもが初めての状況でしたので1年間ぐらいは辛かったです。しょっちゅうホームシックになったり、体調をくずしたりしていましたが、友達ができたことにより少しずつアメリカになじめてきました。

英語もろくに話せなかったので語学学校に通い、そのあとはコミュニティカレッジへすすみました。その頃には、考えや文句(笑)など、意見を言えるようになり少し自信がついてきました。この国では、必ず自分を主張しないといけませんので、日本にいた時よりも精神的に強くなったと思います。

昔の自分と比べて視野が広がり、行動的になりました。それがこうして、友人の紹介で日本から治療目的で来られる患者さんとそのご家族の生活面や精神面のサポートをさせていただく機会があり、日本での経験が少し活かされています。

そういったボランティア活動をしつつアメリカの正看護師資格を取得するために勉強している日々です。

主婦業もあり、仕事もあるので日本での生活よりも忙しく充実感がありますが、無理をしないで休む時はしっかり休むをモットーにしています。いつも冷静になれる自分でいれるように、また感謝の気持ちを忘れないでいたいと思いつつ日々頑張っています。