「○○(私)さん、今度是非、研究所へ行ってみない?」

ある日、総師長から声をかけられました。看護研究所に代表でいってみないか?という内容でした。

その研究所は、将来の管理職候補者が必須の研究所で、どうして当事25・6才の私が声をかけられたのか疑問でしたが、自分の看護観をじっくり考えてみたい思いもあったので、通学することになりました。

勤務しながら合間合間で通学させてもらうため、勤務日程を組んでもらい半年間通いました。

研究所の先生方はとても厳しく、「血を吐いてでも来なきゃいけない雰囲気ね」と、冗談半分、本気半分で同僚と話していました。

何冊も分厚い課題図書本を購入・読破し、論文を仕上げるのはとてもとても大変でしたが、なんとか論文を仕上げ発表会までこぎつけることができました。

嬉しかったのは、私の論文発表を聞いて、ある看護雑誌の方から掲載のお誘いを頂いたことでした。

また、所属していた病棟看護師長から「○○さんの発表が1番良かったわ」と、お褒めの言葉も頂き大変な思いをした分とてもホっとし、救われた気分でした。

そして、何よりも自分の看護観を確立でき、今後の私の仕事の方向性に揺るぎない核となるものを見出せたのは、大きな収穫でした。

ですが、翌年、その核が見出だせたが故に仕事現場の看護と自分の理想の看護にギャップを感じ、体調を崩して退職となってしましました。
 
1年半の休養を経て、次に働き始めたのはデイサービスセンターでした。

医療の場から、福祉の場への転職でした。

以前、少し体験したデイサービスの現場の雰囲気がとても良く、忙しさと緊張満載の病棟勤務よりも、少し肩の力を抜いて仕事ができました。

夜勤が無いのでお給料は減りましたが、自分の心と身体が健康でいられる職場で働くことが何よりも大切だということがわかりました。

この職場でも課題はあり、悩むこともありましたが一つ一つ乗り越えていくことで大変勉強になり、今までで最も良い勤務ができました。

おそらく、どの職場に転職しても自分というものが良くわかっていなければ同じような課題にぶつかっていくものであったのだと思います。

その後、結婚・出産を経て現在、10年ぶりに職場復帰をしています。

乳幼児健診での看護師のパート勤務です。

どの職場へ移っても、自分にとって大切なものは何か?、譲れないもの・妥協できるものを判断し、バランスをとりながら仕事をしていくことが大切だという結論にいたりました。

そして何よりも健康で、笑顔で時々輝ける自分・ワクワクする気持ちを大切にしていけば、自分も周りの人も幸せなのではないかな、と感じています。