大阪医療センターの給料と待遇

給与 基本給198,300円~、主要手当29,700円~
賞与 年2回4.15ヶ月分
手当 夜間看護等手当、通勤手当~55,000円、住居手当~27,000円、専門看護手当(専門看護師5,000円、認定看護師3,000円)、扶養手当、超過勤務手当、特殊業務手当、夜勤手当など
勤務時間 1週間当たり週38時間45分勤務
2交代制:日勤(8時間勤務)8時30分~17時15分、日勤(10時間勤務)8時30分~19時30分、日勤(11時間勤務)8時30分~20時30分、夜勤(12時間勤務)20時~翌9時、夜勤(13時間勤務)18時30分~翌9時
休日・休暇 4週8休制、年次有給休暇、夏季休暇など
福利厚生 国家公務員共済組合への加入、国家公務員退職手当法適用により勤続6ヶ月以上で退職金支給
看護師寮 あり
敷地内、ワンルームタイプ、オートロック、エアコン、洗濯機、IHクッキングヒーター付、平日管理人常駐
託児所 あり
院内保育所、週2回24時間保育、月2回土曜保育

大阪医療センターの基本情報

病院名 独立行政法人国立病院機構 大阪医療センター
住所 大阪府大阪市中央区法円坂2-1-14
病床数 698床
看護師数 609人
交通 大阪市営地下鉄中央線・谷町線谷町四丁目駅下車、都営市営バス62系統国立病院大阪医療センター下車
車通勤 可能(制限あり)
カルテの種類 電子カルテ

大阪医療センターの看護師中途採用実績

正規採用は毎年4月に採用されていて、看護師と助産師が同時に募集されています。この病院に就職を希望する場合は、国立大学病院機構近畿ブロックで統一採用試験を受け、希望を出し大阪医療センターへ配属になるかたちです。

また、統一試験が一度終わり定員に余裕がある場合には、二次募集がかけられることもあります。これは病院ごと定員が異なるため、募集する病院を調べておく必要があります。

中途採用の場合も、独立行政法人国立病院機構近畿ブロックから応募可能です。中途採用はそれぞれの部署での人手の状態に応じて募集の有無・人数が決められ、現在は1名の非常勤の看護師を中途採用する予定となっています。

配属先は臨床研究推進室、通常の看護師としての仕事とは違い、看護師という資格を活かしたCRC業務に就くことになります。1年間の雇用で、最初の1か月間は試用期間、最大4回まで契約が更新される見通しです。

勤務時間はシフト制、1週間当たり32時間の勤務です。CRC業務であるため夜勤はなく日勤のみで、9時~15時30分、もしくは9時~17時までの2つから勤務時間が定められます。時給は1,580円で、通勤手当、賞与、超過勤務手当などがつき、常勤のCRCスタッフとほとんど変わりありません。

大阪医療センターの教育制度

国立病院機構の統一されたACTyナースの教育が行われ、まず各セクションごとの機会教育を把握しながら集合教育の動機づけ、能力評価を並行して行います。中央の教育の責任者と臨床での教育を一体化することが目的で、看護スキルを理論的に実践的に高める研修を計画しています。

加えてスキルアップ研修が別にあり、採血やカテーテルの使い方などの基礎に始まり、最終的にはエンゼルケアに至るまで学ぶことができます。

採用から5年目以降はスペシャリスト、ジェネラリスト、看護管理、看護教育の中から好きなキャリアパスを選ぶことができ、短期院内研修というシステムで現在所属している部署以外に興味があれば短期間だけ他部署の看護を学ぶことができます。現在の部署のスキルを高めるにしても、広い視野は必要ということです。

院内には、「ONH Traning Center ~匠~TOIU」というスキルラボ室があり、看護師を含めた医療スタッフが技術教育と技術の習得を目指して24時間利用できます。この部屋は定期的なスキルアップ研修の場所として提供され、多彩なシュミレーターがあり実際に患者さんと接しているような臨場感があふれています。

また、育児ママ・サポート支援制度が整い、マタニティ支援として担当助産師を決めることができ、実際に通院していなくても支援が受けられます。すべてのプレママが働きながら育児と両立できるよう支援することが目的です。

院内には保育園、夜間保育、病児保育の施設があり、出産後も安心して働ける環境となっています。実際にそうしたサポートがあることで、結婚後も働けることを保障しており、普段から安心して女性看護師が働けるのです。

大阪医療センターの特徴

前身となったのは旧大阪陸軍病院で、1945年に現在の大阪南医療センターの場所に国立大阪病院として発足したのが始まりです。その後、1947年に東区(現在の中央区)法円坂、現在の所在地へと移転、1997年に厚生省から近畿地方における防災拠点病院として指定を受け、後に東京の国立病院東京災害医療センターと対をなす西日本における災害医療センターという位置になりました。

更には2003年に国立療養所千石荘病院と統合されて国立病院大阪医療センターとなり、2004年の法改正で独立行政法人国立病院機構大阪医療センターとなりました。

明治維新当時は著名な人物が大勢かかっており、有名な話では重傷を負った大村益次郎が運び込まれ、敗血症にて亡くなるのを一時期教え子であったシーボルト・イネ(楠本イネ)が看取りました。ドイツ人シーボルト医師を父に持つ彼女が日本最初の女性医師として活躍したことは、広く医学界で知られています。

そうした歴史を持つ場所で、現在は政策医療を行うための病院が建っています。日本人の3大死因であるがん、心臓病、脳卒中を中心に扱い、最先端の医療を総合的に提供することを目指し、医療に携わるあらゆる人々を尊重し、透明性の高い医療を提供し、医学の発展に貢献できる医療人の育成を行い、常に向上心を持つことを理念に掲げています。

これらの理連を正しく、品よく、心をこめてをモットーにして基本方針に固め、情報の発信に関しても透明性を保つことを決めています。